――――雨の空座町。
雨は嫌い。
仕切りなく降る雨なんて勿論…―
雨の空座町
「あーらら………」
昇降口を出ると、先程とは比にならないくらいの雨が降っていた。
午後の眠たい授業を終え、家に早く帰ろうとそそくさ教室を後にしてきたのはいいのだけれど。
―どしゃ降り。
こうも見事に降られると、シメっぽい気持ちも何だかどうでもよく思えてくる。
小降りなら走って帰ろうと思ったのに。
「失敗したなぁ…今日に限って傘持ってこないとは………」
――――ドザァァァァ
私の独り言は、どこまでも続く曇り空へと消えていくばかり。
今朝、いくら探してもなかった折りたたみ傘。
この雨も、なかなか止みそうにない。
「…………仕方ないっ」
遠く、生徒達の楽しげな声が響いて来ていた。
誰もいない昇降口に言葉を残して、どしゃ降りの世界へと私は飛び出していった。
……にしても、すごい雨だ。
鞄を頭の上で持って少しでも雨を避けようとする。
これじゃあ、もう少し我慢して雨止むの待ってれば良かったかな…。
でも…今更だよね、と走っていく足下から視線を前へ移したときだった。
校門の外に、人影が見えた。
蛇の目傘?
まさか、と止まりかけた足をまた動かした。
校門の一歩手前、革靴独特のいい音を立てて私は止まった。
その音を待ってました!とでも言うように、蛇の目傘の主人は傘の端を少しだけ上げて、こちらを見た。
「…あ、お帰りなさ〜い」
安堵した解けた笑顔がこちらに向けられる。
「…………喜助、さん」
どうして彼がここにいるのか分からなかった。
ただその場に立ち尽くし、その姿を呆然と見つめる。
「…っホラ! 濡れちゃいますよ?」
「……っ!!?」
瞬間、腕を掴まれて現実に引き戻された。
相手が近付いてきたことにも気付かず、大きくて、どこか懐かしい感じのするその蛇の目傘の中に引き込まれていた。
「…と言っても、もうかなり濡れちゃってるっスよね」
スミマセン、と申し訳なさそうに笑う喜助さん。
「…え、いや別に喜助さんは、」
「置いて行っちゃったでしょ?」
「…え?」
「ウチに、さん。 傘、置いて行っちゃったでしょ」
思い出した。
今朝どうしても見つからなかったお気に入りの折りたたみ傘の行方。
「そっか…だから傘、なかったんだ……」
朝の忙しい時間。
焦って探し回った自分の姿を思い出したら、肩の力が抜けて自然と笑みが零れた。
「それだから、届けに来てくれたんですか…?」
「えぇ、まぁ…そんなようなもんスね」
曖昧な返事を返す喜助さんに、首をかしげながら彼の手元を見る。
彼の手に、私の忘れた傘は、持たれていない。
きっと私は気難しい顔をしていたんだろう。
「まぁまぁ、いいじゃないっスか〜…細かいことは!」
この人は人の心が読めるのか。
でも次の一言で、そうも怪訝に思っていられなくなくなった。
「こんな天気で肌寒いんですし、相合い傘なんてのもまた良いでしょう」
黙って傘に入っていれば良いのに、今の状況を『相合い傘』だなんて言われてしまうと思わず顔が熱くなってしまう。
その通りと言えばそうなのだけれど。
ちゃっかりその隙に、手を握られてしまっては。
「…こんなに冷えて」
「いや、でも…ちょっと恥ずかしいですよ……」
「恋仲の男女が相合い傘しながら手繋いで、何がおかしいんです?さん」
「いや、だから…あの……」
恥ずかしいことを平気で口にする喜助さんが恨めしい。
意地悪な笑みにドキッとしてしまう自分が嫌だ。
余裕たっぷりな彼に、大人な魅力たっぷりな彼に。
堕ちてゆく自分がいる。
喜助さんの羽織の裾を見た。
大分、濡れているではないか。 よく見れば作務衣の裾も。
そんな長い間、こんな雨の中を待っていてくれたのだろうか。
「喜助さんこそ、随分濡れてるじゃないですか…っ!」
「アタシは別に平気っスよ」
私の為に?
「平気じゃありません!」
こんなときですら。
自分の為に待っていてくれたなんて思うと、嬉しいとか不謹慎にも思ってしまう。
「さ。 戻りましょう、喜助さん…あなたまで風邪を引いちゃう」
「じゃ、ウチに寄っていきません? …アナタよりウチの方が近いんだから」
私が恥じらいを隠す為でもあるが、ちょっと焦ったように促せば、そのように言われた。
「あったかいお茶でも飲みながら、ゆっくりガッコのお話でも聞かせて下さいよ」
笑顔の誘いに、笑顔で答え。
どしゃ降りの雨の中、歩き出す。
―雨の空座町
他愛ないおしゃべり。
雨打つ蛇の目傘。
並んで歩く足音はどこか軽快で。
仕切りなく降る雨なんて、お構いなしだった―。
相変わらず名前変換少なくて申し訳ないm(_ _)m
文才の無いのは置いておいて…。
少なくとも喜助さんが迎えに来てくれたとしたら、雨も良いものでしょうね〜v