その日までには必ず帰ってくるから―。
今年のクリスマスがホワイトクリスマスになると言うのなら、
俺はきっとお前のもとへ駆け付けるから。
Will it be a white Christmas?
今日は随分と冷え込んでいる。
外へと出れば、まるで寒さが体の芯まで染み込むようだ。
そろそろ受付の時計は本日2度目の7時を示そうとしている。
「おい、お前ホントに今日の飲み会行かないのか…?」
「…あ、クリスマス会ですか?」
いつもならただの飲み会だが今日の名目は''クリスマス会''だった、と思い出したように苦笑いしたイルカ。
「別に飛び入り参加しても平気だと思うぞ…?」
「……大丈夫ですかね…?」
はあまり今日の飲み会に加わるつもりはなかったが、折角誘いかけてもらったのでそんな返事をした。
もう勤務時間を終えるために、少々気をゆるめて今夜のクリスマス会について話し出した。
「でも…、やっぱり今回は遠慮させてもらいます…。すみません」
「…いやいや、良いんだよ予定があるなら別に。まぁお前にはカカシさんがいるもんな!」
イルカはしてやったりと言わんばかりの笑顔を向けて、思わず頬を赤くするの姿を見て満足そうだった。
''そんなんじゃないですよ!''とが言うのも気にかける様子はない。
気付けばもう時計の針は7時をまわっていたので、足下にあった鞄に荷物をつめつつ、いくつかやりとりをした。
「……じゃあ、俺はこれで。帰り、気をつけろよ」
「あ、どうもお疲れさまです」
帰り際に軽く手をあげたイルカにが会釈すると、彼は数人の同僚と共に受付を去っていった。
後に残ったは先程よりも幾分か静けさを増した受付で帰り支度をして、彼女も同じく受付を後にした。
扉を開けて外に出ると、凍えるような寒さが身を取り巻いた。
夜空を見上げれば、そこには今にも雪が降り出しそうな厚い雲がどこまでも続いていた。
「…………クリスマス、か…」
一人言葉を呟くと、白い息と共に夜空に消えていった。
「………今年は雪、降るのかな……」
アカデミーを通り抜けて、木ノ葉通りを歩き出す。
目に付くどの店も、あたたかそうな光をショーウィンドウから放っている。
店先にテーブルを出して店頭販売を行っている店も少なくない。
どこからともなく流れてくるクリスマスソングに、ああクリスマスなんだな、と改めて認識させられる。
別に、今日のクリスマス会に参加しても良かったのだ。
そんなことをは心の中で思い返した。
以前この会の通知がのもとに着いたとき、彼女は''欠席''に印をして送り返していた。
何故なら、そのときは恋人であるカカシと一緒にこの日を過ごす予定になっていたから。
お互いに任務を終えた後、の家で夕食とケーキを食べ、2人でシャンパングラスを交わすはずだった。
けれども5日前に突然カカシのもとに長期任務の依頼が舞い込んため、その計画が果たされることはなくなってしまったのだ。
そのことをに告げに来たときのカカシと言ったら、本当に申し訳なさそうにしていた。
これがかのビンゴブックに名を連ねる男とは思えない程に。
「………本当、悪い…ごめんな…」
いつもの猫背が痛々しい程だった。
目の前にいると目を合わせることなく、首もとに手をやって謝っていた。
彼女を怒らせはしないか、それよりも傷付けやしないか、と言うように。
恋人同士として初めて迎える今年のクリスマス。
自分も楽しみにしていたが、それ以上に嬉しそうにしていた彼女の期待を裏切ることに一種の罪悪感を覚えていた。
「いいんだって…!そんなに気にしないでよ…私のことなら心配しないで、大丈夫だから!」
カカシに気苦労をかけまいと明るく振る舞う様子を彼は十分気付いていた。
だから尚のこと、カカシの胸の中は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
任務に向かう直前に、カカシはのもとを訪れていた。
左手には赤い紙袋を持参して。
「俺…、これから行ってくるけど」
「あ、わざわざ来てくれたんだ…ごめん」
「……まぁそれもあるんだが、これ…良かったら」
「……………?」
「…こんなんで埋め合わせ出来るとは思ってないけど、持っててくれないか…」
困ったように笑うカカシが差し出した赤い袋。
それをが驚いて受け取った。
そして、おっかなびっくり封を解くと、そこには毛糸で出来たグレーのシックな手袋が入っていた。
「……、お前あんまり派手なの好きじゃないでしょ?だから落ち着いた感じの選んでみたんだけど…」
「………これ、私に…?」
そうだと言うかわりに頷いてみせたカカシ。
「……あ、ありがとう…!」
任務前で忙しいというのにそこまでしてくれた優しさが嬉しかった。
今年のクリスマスは一緒に過ごせないという事実をすっかり忘れたように喜んでいた。
出立間際に、''気をつけて''と言うの頬にキスを1つ残してカカシは任務に赴いていった。
「あ、そうそう…手袋……」
カカシとのやり取りを思い返して、忘れていたと鞄の中を探った。
「私がよく手…冷たくなるの知ってたのかな…」
かじかみかけた手に毛糸のやわらかい手袋をはめる。
使ってしまうのが勿体ない気持ちもあったが、仕舞っておくよりもカカシが喜びそうな気がしたからおろした。
今頃カカシはどうしているだろうか。
ふとそんなことを思った。
この時期に急遽カカシ程の上忍に与えられた任務だ。
そんなに容易でないことくらいは簡単に想像出来た。
いつまでかかってもいい。
だから、どうか無事に。
生きて帰ってきてほしい。
目を閉じて、心の中でくり返す。
そして、ゆっくりとまた目を開ける。
どこに目をやっても、チカチカと移り変わるイルミネーションの明かりが視野に入った。
楽しそうに笑う親子づれや、恋人たち。
恋人たち、か―…
思わず口を付いて出そうになる。
本当は、初めて一緒に迎えるクリスマス、2人で過ごしたかったというのが本音。
けれどもカカシがいない以上は1人で過ごすしかない。
クリスマス会に参加して他の仲間と楽しく時を過ごすのも良かったのだが、
カカシが高ランク任務に就いていると思うと、うかうかとしていられないのが正直なところだった。
今日は1人で過ごそう。
少しでもこの通りの華やかな雰囲気を味わって、そして帰ろう。
本来2人で開けるはずだったシャンパンは後日に取っておこう。
そう思って、ゆっくり気味だった足取りを少し速めたとき―。
「 ! 」
突然後ろから名前を呼ばれた。
聞き慣れた声に、疑問を抱く前には振り返っていた。
「…………ウソ、」
「…あ、やっぱりだ……」
振り向けば、そこにいたのは紛れもなくカカシ。
は目を見開いたまま、彼に問う。
「……カカシ、何でここに…?任務は…?」
「…片付けてきた」
「……え、年末までかかるんじゃなかったの?」
「だから、全部急いで片付けてきたんだって」
は呆気にとられていた。
年末までかかると言われていた任務をたった1週間弱で終えてくるなんて。
当のカカシは大きな鞄を背負い込んで。
所々痛んだ忍服を身に纏ったままで、正に今里に帰ったばかりという状態だった。
「…じゃ、今帰ったばかり?」
「ま、そんなとこだねぇ……」
「どうしてそんな、急いで……」
こんなにも早く帰ってきた理由を問いただそうとすると、何故かカカシは言い淀んだ。
の方も、任務あけで疲れているだろうからと無理に追及するのは止めた。
いつまでもとぼけていたカカシが、ふと夜空を見上げた。
つられても視線をあげる。
「……あ、雪だ…」
の鼻の頭にひとひらの雪が落ちた。
「……ホントだ…」
2人揃って何も言わずに雪が舞ってくる空を見上げていた。
「………やったね。ホワイトクリスマス!」
「……え?」
カカシが独り言のように言った。
何やら満足そうに左手を握りしめている。
勝負に勝った後のような勝ち誇った様子だった。
一方と言えば、カカシらしくもない言動を前にポカンとしていた。
クリスマスがホワイトクリスマスになったくらいで、そんな乙女チックに騒ぐような男ではないことを彼女はよく心得ている。
どうしてしまったのか、聞き間違いでもしただろうか、といった顔でカカシを見ていた。
けれども。
考えてみればカカシは高ランク任務から帰ったばかりであって。
今自分がとるべき一番の行動は、早く家に帰ってカカシを少しでも休ませてあげることだと思い直した。
「……まぁいいや、早く帰った方が良いね…」
「……あのさ、任務の帰りがけだけどの家、行っても平気か…?」
「それは構わないよ。…でも、まだカカシ帰ってこないと思って何の支度もしてないのよ…」
クリスマスだが、ケーキとか料理もまだなのだとがすまなさそうにボソボソ言う。
そんなを余所に、カカシは唯一表情を伺うことの出来る右目を弓なりにしてみせて言う。
「がいてくれりゃ、それで俺は十分だよ」
恥ずかしげもなく言ってのけたカカシ。
は驚いてじっとカカシの顔を見つめていた。
きっとそれはまだカカシの言った意味を理解していないからだろう。
「……それに、さっきのだけど…」
「……………?」
カカシはそっぽを向いて、鼻の頭を軽くかきながら、言葉をつなげる。
「…恋人同士として迎える初めてのクリスマスがホワイトクリスマスになって……」
「………………」
「…そんで、もし2人でその日を過ごせたとしたら……」
相変わらず雪は静かに降りそそいでいる。
は珍しいカカシの姿をじっと見ていた。
「……その2人は、末永くずっと仲良く幸せでいられるって……聞いたもんだから、その」
「………―プッ」
「…!ちょ、…笑わないでよ」
しどろもどろなカカシなんて滅多に見られたものじゃない。
笑ってはいけないと分かっているけれど、どうしても。
そんなお伽話みたいなことを真に受けるなんてカカシらしくもない。
らしくはないけれど、でもそれがとても嬉しくて愛おしくてたまらなかった。
そんな気持ちを誤魔化すためにもはしばらく笑っていた。
「ごめんごめん、ホント…ごめんって!」
「………ったく、ホントに謝ってんのかね、この人は…」
カカシが贈った手袋をしては彼と手をつないで歩いた。
木ノ葉通りを抜けてからは住宅地の道を行くため、先程よりもずっと静かだ。
「ほんとほんと!」
「……じゃ、今夜は俺の相手してくれんでしょーね?」
「………知ーらない!」
一瞬ピシ、と固まっただが一言を残して駆け出す。
「…あ、おいコラ逃げるなって…!」
そこでまたがさっきのことを思い出して笑い出す。
道を行く家々のベランダにきれいなライトのイルミネーションが、雪の中小さく輝いていた。
「だから何でそこで笑うかね…」
そう楽しげに言うカカシがいた。
前を走っていく後ろ姿を見ながら。
決して楽な任務ではなかったが早く戻ってくることが出来て良かったとカカシは思っていた。
''クリスマスがホワイトクリスマスになったら……''なんて。
そんなとぼけたことでも、お前とのことなら少しでも信じてみたいって思うんだよ。
には直接は告げられることはないであろう、
あるクリスマスの夜のカカシの呟きだった。
とんだバカップルでした。 クリスマス夢でございます!(って言ってみる)
サイト開設1周年記念として期間限定フリー夢と致しました。
ホント大した話じゃありませんがよろしければご自由にどうぞ。
26日に合わせて急いで書いたもので、アップするのが恥ずかしいくらいですが…。
ウチのサイトにしては珍しくカカシに危ない発言させてみました(笑)
私にはあれで精一杯です…チキンにて失礼。
(配布期限 2006年12月26日〜2007年1月26日)