「年の瀬に長期任務言い渡すって、鬼ですね。」
「何言ってんだい、今更。」
嗚呼確かに今更だ。
その上、去年までのオレなら気にすることすらなかっただろう。
でも今年からは違う。
ほんの数ヶ月前からは違うんだ。
「安心しな。忘年会も新年会も、私がを誘って楽しくやってやるさ。」
にやりと笑う五代目火影の表情を眺めていると、殺意まで芽生えてきそうになる。
そうか、そうか、そういうことか。
つまりはやはり火影様でさえも、オレと彼女の間の障害となるというのだ。
「え?要人警護の任務?随分いきなり、だねえ……。」
「うん。」
後ろから柔らかで華奢なの身体を抱き締めながらオレは溜息をついた。
の黒い髪がオレの頬に触れて心地良い。
オレの表情が見えなくても溜息を何度もついていれば嫌そうな顔をしている想像はつくのだろう。
仕方ないなぁ、と言わんばかりの苦笑が聞こえた。
そんなの小さな息遣いまで身体中で感じながら、オレはまた溜息をついた。
「今年はとクリスマスも年越しもするつもりだったのに。」
「任務なんだから。」
「分かってるけど。でも絶対わざとだと思うんだよねェ。」
絶対というか、もう確実なのだけど。
火影様のあの笑みを思い出してまた気持ちが憂鬱になる。
「期間は?」
「一応今のところ予定では1ヶ月って聞かされてるけど。バレンタインまで引き伸ばされそうで……。」
不安、と零すオレに、は何故バレンタインが関係あるのかと笑う。
分かってないんだ、この子は本当に。
挙式から早数ヶ月が過ぎた。
純白のウエディングドレスなんかいらないと渋るをどうにか説き伏せて身内だけの地味な結婚式、の予定。
それが火影様まで参列するって言い出して大掛かりなものになってしまった。
まぁ身内って言っても身よりのないオレと、同じく天涯孤独のだ。
呼ぶ予定だったのは七班の奴らとオレやの親しい同僚くらいだったはずなのに。
他の里からも祝いの花が届くやら、刺客は現れるやら、あの騒がしさといったらなかった。
もっとこう、心安らかな結婚式をするはずだったんだけど、ねェ。
ちなみに刺客は音符の印を刻まれた額当てをした連中と暁のマントに身を包んだ奴等。
それから、恐らくは里の中の奴も数人混じっていたんじゃないかとオレは睨んでいる。
まぁ、それでもどうにか結婚式は終わって。
オレとは名実共に夫婦という関係になった。
「頑張ってね、お仕事。」
小さく振り向き柔らかく微笑むの笑顔を見ているとこれ以上愚痴も言えなくなり、オレは大人しく頷いた。
あのコピー忍者のカカシが。あの、他里のブラックリストに載せられ警戒されてさえいる、オレが。
このたった独りの女の為に、生きていきたいと思っているんだ。
「要人警護なら切羽詰った戦場に送られるわけじゃないから手紙だって書けるよね。」
「毎日書くよ。」
「そんなにいっぱい?」
「任務中毎日書く。沢山のラブレターを届けるよ。」
「この部屋の中が手紙で埋まらない程度にしてね、先生。」
正面からを抱き締めて力を込める。
を壊してしまわない程度に。でも、出来るならこのまま壊してしまいたいなんて、思うオレもいる。
オレの命よりもの命が大事なのに。それなのに、時々危うい感情も頭をもたげる。
人殺しの宿命だろうか。
「出発は何時?」
「明後日の早朝で、……まぁ、見送りに火影様自ら来てくれるってさ。」
どうせと離れ離れになるせいで嫌々任務に向かうオレをせせら笑う為に来るんだろうけど。
それからは任務の準備で慌しく、なかなかゆっくりと過ごす時間が無かった。
任務出発前日の夜、を抱いてようやく寝床に着く。
明日からこの温もりと離れる日々を思うと、心苦しくて胸が張り裂けそうっていうのはこういう気持ちかと知った。
オレは余りにも、知らない気持ちが多すぎるらしい。
人間らしい切なさや、恋い慕う感情から遠いところで生きてきたせいだろうか。
仲間を大事にしろよ!なんて言葉は口が酸っぱくなるまで言っていても、誰かに愛しい気持ちを告げる言葉など……知らなかった。
それを全部教えてくれたのはだ。
「…………生きて帰ってくるよ、必ず。」
そうしたら、里の出口まで迎えに来てくれる?
オレの顔を見て、名前を呼んで。そして、オレが何よりも愛しい笑顔を浮かべてくれる?
「。」
その安らかな安堵に包まれた寝顔を見つめながら、オレは心地良い眠りに落ちていくのを感じた。
この場所に必ず戻ってくる。
それだけは、何があろうとも絶対に。
「愛してるよ。」
憎らしいくらいに空は晴れ渡っていた。
めでたいと言わんばかりの笑顔を浮かべている面々がオレの見送りにはやってきた。
普段の任務だったら見送りには来ないだろ、お前ら。と叫んでやりたい。
「なんでお前らまで居るんだ。」
「ちゃんから先生が長期任務って聞いたから!」
「カカシ先生ってば、生きて帰ってこいよー!」
「のことは任せろよ。」
サスケが口の端を釣り上げながら言うもんだから、思わず殴ってやりたくなったのをどうにか堪える。
アスマや紅なんかの同僚組はそんなオレの様子を愉快そうに眺めていた。
そしてはそんな奴らから一歩離れた場所でオレの顔をじっと見つめている。
悲しそうとも、穏やかともとれない表情で。
「…………じゃあ、行ってくる。」
「せ、先生!」
「ん?」
溜息を吐き出したい空気を飲み込んで呼び止めてくれたのほうに顔を向ける。
こんな大勢の奴らに見送られたんじゃ、との抱擁なんか出来そうにもないと思っていたのに。
目が合うだけで抱き締めたい気持ちにかられる。
「怪我、しないで。…………無理も、あんまりしないでね。」
「あぁ、大丈夫。」
「それから。」
「うん?」
「それから……ッ!」
はぎゅっと手を握り締めた。
感情の読めない表情をしていた面に、何かを堪えるような我慢しているような色が浮かんだ。
「私のところに帰ってきてね!絶対、絶対に……私の、ところに。」
「…………。」
何があるのかなんて、分からない。
一寸先は闇なんて、オレ達の為にあるような言葉だ。
明日死ぬかも知れない。
明後日死ぬかも知れない。
それでもオレには、帰る場所があるから。
「分かってるよ、。オレの帰る場所はの隣だけだから。」
「…………先生。」
「いってくる。」
との距離、数メートル。
それを一瞬にして飛び越えて、オレはの華奢な身体を思い切り抱き締めた。
オレと共に任務に赴く奴らが呆れた顔をしている。
のことを好意的に思っている奴らが、目を丸くしている。
オレはそんな空気の中で掠めるようにの唇にキスを落とした。
ほんの、一瞬だけ。
熱を感じたが顔をあげて、大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
オレはそれを拭ってから笑顔で里を出た。
の「いってらっしゃい」の声は、オレの背中を押すようにいつまでも届いていた。
必ず戻ってくる。
此処に、君の傍に。
他の何もどんなものをも忘れてしまったとしても、君への想いだけは消えることはないから。
「いってきます!」
わずかに里から離れた小高い丘からオレは木の葉の里を見下ろして小さく呟いた。
君の笑顔が瞼に浮かぶ。
おかえりなさい、と早くその言葉を聞きたいと、心が騒いだ。
…………気が早いよなァ、オレも。
カカシ先生のことは、やっぱり「先生」と呼ぶのが一番しっくりきてしまうのです(笑)
そんなもので、ヒロインは奥さんにも関わらず先生と呼んでいたりする。
きっと帰ってきてからは暫く、濃密すぎるくらいに愛してくれると想います。たっぷり愛されてくださいね!(笑)
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azure sky 碧霧哉 様の4周年記念フリー夢を頂いて参りました!
落ち着いた雰囲気の中に漂う甘さが何とも言えませんv
それにただ甘いだけじゃなくって、忍の影も存在していて…文章の上手さに脱帽です。
サイト運営の方も、4周年おめでとうございます!
坂倉 お時
azure sky 4th記念フリー夢 written by 碧霧哉 − お題提供 射程距離様