そんなに気にしなくても良いのに、と女は言う。





   けれど男は口をへの字に曲げたまま、どうにも譲れないでいるのだった。














   私の彼はサイボーグ












   風邪を引いた。 どうにも体が重い。

   仕事を早めに切り上げて帰ってきたものの、労働が体に響いたようだった。

   夕焼けの赤みが窓から差し込み、うっすらと壁に映っていた。



   「…これじゃ、明日休むようかな」


  
   一人で呟く声は、シンと静まる部屋に吸い込まれた。










   風邪で寝込む時というのは、不思議と考え事をするもの。

   何も考えまいとしても浮かんできたのは、しばらく逢っていないハインリヒのこと。

   彼と私は、恋仲である…けれども。


   私はあなたが好きなのだと彼に告げ、彼もまた私のことを好きだと言ってくれた。

   でも、近付こうとすればする程、遠ざかっていくのは二人の距離。

   呆然と天井を見つめた。


   私達の間にあるものは、一体―――



   「………何なの?」




   熱に浮かされながら、そんなことを呟く。


   単に私が気にしすぎていると言うのか。

   きっとそんな筈はない。


  
   逢う度に思うこと、ハインリヒはまだ何か思い悩んでる。














   朦朧とする記憶。 意識が浮上していくのを感じた。


   「……………」


   気付けば、カーテンから差し込む光はなく。

   すでに夜の到来を告げていた。


   何時間か休めたようだ。


  

   ―Pulululululu---


   突然電話が鳴った。


   誰からだろうか。 帰りがけに会ったフランソワーズが心配でもして電話をくれたのか。

   未だ怠い体を起こして、机の上の受話器を取った。




   「……もしもし」


   「……………」


   喉が相当腫れ上がっているのか、酷いガラガラ声だった。

   相手の返答がない。


   「……もしもし?」


   「……か?」


   「…そう、ですが。…ハインリヒ?」
   

   「…そうだ、俺だ。 大丈夫か? お前…そんな酷い声して」


   黙っていたかと思えば、いきなり喋り出したハインリヒ。
  

   「……うん、まぁね。 ちょっと風邪引いたみたいで」

  
   「…ったく、またクーラーかけっぱなしで寝てたんじゃないのか?」


   いつもの如く説教じみた会話が始まった。  

   こんな彼も頼れる兄さんのようで好きなのだけれど。

   図星を突かれた今は苦笑いをするしかない。


   「あはは、は……」


   「図星か。 だからあれ程気を付けろと言ったんだ! …ったく、さっきフランソワーズから電話があってな」

  
   「フランソワーズから…?」


   「あぁ。 そんなんだから今度もまたどうにかしたのかと思って電話かけてみりゃこの様か」


   「……そんな言わなくたって良いじゃないの」



   病んでる体に大声は耳が痛いよ、とは苦笑いで告げた。

   するとロウソクの火を消した煙のように彼は落ち着きを取り戻し、「あぁ、すまん…」と謝るのだった。
 
   それもまたハインリヒの癖と言っても良い行為である。



   「いやいや…そんなんじゃなくて。 ハインリヒは元気そうで良かったよ」

   「………お前よりは、な」

   
   「結構なことです」

   「………………」



   「………ハインリヒ?」

   「………………」

  

   突然彼は押し黙ってしまった。

   こういうことが、彼と出逢ってからも何度かあった。

  
   それはどんなときだったか思い出してみる。

   私が寝込んだとき、ケガをしたとき、…理想の将来について話をしたとき。

   そりゃやっぱり私だって普通の女なのだから、ハインリヒと一緒になって、子供だってほしい。

   身を固めることについては多少頬笑んでいても、子供のこととなるとてんで話し相手にはならいのだ。

   


   「…………―!」



   そこまで来て、やっと私の頭の中の全てが一つに繋がった。

 
   何故彼が、こうも思い悩んでしまうのかを。
   




   昔から私が彼に言ってきたことだ。

   初めから私はそんなこと、関係ないと思い続けてきた。

   けれど、私が思っていたよりも彼の考えは深かったらしい。

   だとするなら、私は何と浅はかで思慮の足りないことばかりをしてきたのだろうか。


   サイボーグと、人間。
 

   サイボーグの彼が風邪を引くことはなく、変なケガをすることもない。

   彼らの中では「ケガ」と言うより「故障」と言う方がしっくりするのかもしれない。

   ましてや、結婚や子供などという類の話は…。



   「………ハインリヒ、ねぇ…あのさ」

   「…………」


   「私、ハインリヒが好きなんだよ……」

   「……何を、」


   「ハインリヒが優しく傍にいてくれるのも、さっきみたいに叱ってくれるのも…二人で喧嘩したってさ?」

   「…………」
          
   「それは絶対、変わらないんだよ…」



   は、今は傍にいないハインリヒの姿を思い浮かべながら。

   受話器をそっと握って、目を細め無意識に床の一点をじっと見つめていた。

 

   「眉間に皺…いつも口はへの字の仏頂面、愛想悪くて…すぐ熱くなって……、

    そのくせ、どこか優しくてあったかくて…かっこ良くて、私の話…何だかんだちゃんと聞いてくれる」

   「……………」


   「今みたいにしばらく逢えなくったって、同じ空の下にあなたがいるって思ったら……何だって出来る気がした」

   「………―、」



   「…だから、私…ハインリヒのいない世界なんて信じられない。 あなたの存在全てが…私の幸せなの、よ」

   「………―



   不意に声が震えた。 同時に目の奥も熱くなった。



   「ハインリヒは、温かい心をちゃんと持った…人なんだから。 …そんな、一人で悩まないでほしい」   

 
   「………すまない」


   「そんな謝らないで…。 私も今まで無神経すぎた…ごめんなさい」



   彼が受話器越しに深く吐いた息をは聞いた。

   ドイツと日本。

   逢いたくても、すぐ逢いに行ける距離じゃない。



   「…、お前に逢いたい―」


   ハインリヒの言葉の語尾もまた、僅かに震えていた。



   「いつも、一人にして…すまない…。 ……004の名を捨ててでも、今すぐお前の下へ飛んでいきたいよ」


   「ありがとう。 …でも助けを待ってる人がいる」


   「……ったく、お前は」


   「いってらっしゃい」



   本当に嬉しくて、笑ったらハタと雫が床に落ちた。

   もう枷を外してしまった。 抑えても涙は止まらない。

   今まで逢えなかった寂しさと、彼と初めて心の通った思いで、溢れ出す。



   「今回の任務が済んだら…ジョーと一緒にそっちへ行く。 久しぶりの日本だ、…楽しみだよ」


   「うん、待ってる。 気を付けてね、本当に…」


   「分かった。 お前も風邪、大事にな」






   言葉を交わして、声に出さずとも受話器越しにお互い頷き合う笑顔は、とても喜びに満ちていた。





   ハインリヒが無事仲間達と任務を終え、日本に着いて、と再会を果たしたとき。


   彼はきっとこう言うだろう。




   『 俺と一緒に、ドイツに来ないか…? 』




























   恥ずかしい…かなり恥ずかしい。
   私絶対こんな台詞言えない…(赤面)
   過去最短時間で、ノリで書いてしまいました。 その分雑だったらごめんなs…(逃)
   でもハインリヒのお説教の部分を書くのがとても楽しかった(笑)