桜のもとへ行けば。
貴方に逢えるって。
そんな気がしたから―――。
桜色の丘の上で
久々に一人で京の町を歩く。
先程まで、私が元いた京都とは違う街並みを、イノリ君に頼んで案内してもらっていたのだ。
仕事の忙しい彼に申し訳ないと思いながらも、
いつも元気で笑顔のイノリ君は何だか弟みたいな存在で、
こちらまで気持ちが明るくなれる気がして、彼の厚意に甘えてしまった。
二人で歩いて数時間が経つと、イノリ君はそろそろ仕事に戻ると言ったので、
彼が送っていくと言ってくれたけど、私はたまには一人で歩いてみると、そう言い切って断った。
イノリ君にも仕事があるんだし、ここは土御門からもそうは離れてはいない。
彼の心配してくれる気持ちは十分に分かるし、ありがたいけれど、そう迷惑を掛けるわけにはいかないから。
ありがとう、と一言残しイノリ君の元を離れてきた。
―にしても、随分と見事な桜だ…。
見上げる桜に感嘆の声を上げる。
私が元いた世界にも勿論桜はあって、それは見事に美しかったけれど。
こちらの桜はまた違った雰囲気を醸し出していた。
最近はなかなか外には出られないし…ちょっとくらいならいいかな。
龍神の神子である、あかねと共に京にある私の存在。
そう好き勝手行動は取れないのだ。
そう思って、小走りに桜の木がいくつも植わっている丘へと向かっていった。
奥へと進むほど、人気は少なくなっていく。
ただただ静かで、風に吹かれ揺れる木々の音しかしない。
でも天気は良くて、日の光も暖かく優しい。
風が吹く度、咲き誇った桜の花びらが舞ってゆく。
落ち着いた華やかさ。
何だかこの場所は、頼久さんに合う。
雰囲気が似ているような気がした。
突然浮かんだ人の姿に苦笑をこぼしつつ、足を進めた。
歩いていくと、一際大きい桜の大木の向かいに背を向けた人影が見えた。
はっきりとは見えないが、風が吹く度見え隠れする長い髪。
風が吹く度にゆっくりとなびく青い髪―
―青い、髪…?
まさか。
恐る恐る近付いてみると、そのまさかだった。
風になびくほど長く、他の何色にも染まらないような美しい青色の髪。
決して平民ではない、鍛え抜かれた広い背。
こんな所で頼久さんと会えたのだから、嬉しい気持ちは山々だった。
けれど、話しかけることは出来なかった。
また少し近付いて、
風が吹いて掛かっていた前髪が退けた時見えた、頼久さんの眼。
胸が押し潰されるかと思った。
頼…久、さん―
心の中でそう呟くので精一杯。
切れ長の落ち着いた色の瞳に映る想いは何なのか…。
憂いなのか、自身に対する戒めなのか。
一体何が彼の瞳にここまで語らせるのか、私には分からなかった。
私は彼の生い立ちや、今までの暮らしをよくは知らない。
きっと、きっと何かがあるのだろうと思った。
現代からやって来た私には、到底耐えることなど出来ないような、そんな出来事が。
ただ、私の手で見えない彼の重荷を少しでも軽く出来たら、と。
出来ることなら、そうしてあげたいと そう思った。
でも、何だかこれ以上近付いてはいけないような気もして。
私ごときが踏み込んではいけない想いのような気がして。
―パキッ
思わず足を後ろに踏み出したら、枯れた小枝を踏んでしまった。
ハッと思い、
彼に背を向けたときには既に遅くて。
「……!?…、殿―!」
不覚にも気付かれて声を掛けられてしまった。
まぁ、腕利きの武士を相手に気配を消そうとしたのがそもそも間違いたっだかもね。
「………」
「殿…」
「………」
「…殿。何故、…こちらに?」
「その…ごめんなさい」
頼久さんはまだ驚いたような顔をしている。
「イノリ君に頼んで京の町を案内してもらってたんです…」
「………」
「しばらく一緒にいたんですが、彼が仕事に戻ると言ったので別れることになって。
送ってくれるとも言ってくれたんですけど、久しぶりにどうしても一人で歩きたくて……」
きっといつものあかねのように怒られるだろうと下を向いたまま続ける。
「彼の心配を押し切って一人で歩いていたら、町並みの桜がすっごくきれいに見えて。
その桜を順に追っていたらこの場所に来てしまい……。
私のいた世界にも桜はあるんです。
この舞い散る桜を見ながら向こうの世界のこととか色々考えていて……」
「そこに私がいた、と?」
「…はい」
「そうでしたか…」
「何か…この場所、頼久さんに似合うなって思いながら歩いてたから…驚きました」
何だか照れくさくて、少し笑ってしまった。
「殿…」
沈黙の間に流れる風がとても心地よかった。
「私も…その、殿のことを考えて…おりました」
「……え?」
頼久さんの表情がとても優しかった。
「初めて殿にお会いしたときのこと、日々私に与えて下さる言葉の数々を順に思い返しておりました。
それらを想っていると、とても胸が温かく…貴女の笑顔が浮かんでは消えていきました」
そう言い終えると、頼久さんは眉を寄せてとてつもなく切ない顔をした。
「頼久、さん…」
そんな彼を前に私はまた名前を口にするので精一杯。
けれど、今度は自然と足が彼の元へと進んでいった。
気付けば俯き目を閉じる頼久さんの袖を掴んでいた。
「……―!」
驚く頼久さんを余所に、今度は私が下を向ききつく目を閉じた。
彼のあの眼を思い出しては、とてもじゃないけどやり切れなくて……涙が零れた。
私は顔を上げることなく、ただ彼の袖を震える手で握りしめていた。
「…殿」
次の瞬間、頼久さんの大きな手が伸びてきたと思ったら、彼の腕の中にいた。
力強く、けれど優しく抱きしめてくれた。
「無礼なこととは知りながら…今だけはどうか…おゆ…」
''お許し下さい''って、次に言うのが分かったから私は大きく首を横に振った。
''そんな風に言わないでほしい''と言いたかった。
けれど、言葉に出来なかった。
「殿…」
「無礼なんかじゃないです!好きで、好きで今頼久さんの側にいるんです…。
………私、頼久さんに逢えて…良かった…」
やっと言葉を絞り出したら、涙まで一緒に溢れてきた。
ふっと、優しく微笑んだかと思ったら、頼久さんの長くてきれいな指が顎に掛かって上を向かされた。
もうお泣きにならないで下さい、とそっと頬を伝う涙を拭ってくれた。
「私も、殿とお会いできて…良かったと、そう心から思っております」
そんな瞳で私を見ないでほしい。
貴方のその瞳に私はこの上ない幸せと安堵の感を受ける。
言葉に出来ないこの想い 何て言えばいいんだろう。
何て私は幸せ者なんだ―。
怖いよ…今という時が幸福すぎて、後に何かあるんじゃないかって。
お願い―。
どうかこの想い、永遠と続いて。
この先もずっと貴方の隣にいられるように。
「これより先もこの頼久、貴女のお側に」
一言一言、噛み締めるように告げられた。
泣くなと言われても涙が止まる筈がない。
ただいつまでも優しく包み込んでくれる温もりに目を閉じているだけ。
今の私にはそれで十分すぎた。
咲き誇る淡い桜が舞い散る中で、
いつまでも貴方といられますように。
これも随分前に書いた物です。 2・3年前くらいに。
少しだけ手直ししたんですけど、まだまだ…。 その内、下げるかもしれません。
初の頼久夢。 相変わらずお粗末で申し訳ないm(_ _)m
桜舞い散る木の下で頼久さんとお話したいなー…。
次はまともな作品を書きたいと思いますので、それまでよろしくどうぞ!