「 ありがとうございましたーっ 」




は包みを抱えて去っていく客の背中にそう投げかけた。


虹雅渓の第三階層。

けっこうなにぎわいを見せる通りの一角に、その小物屋はあった。


小さな物なら何でも売ってしまっている店。

はそこの店員だった。


成人していない、しているとも思えないが働いているのは、一重に生活のためだ。


先の大戦では親を失っていた。

店主が拾ってくれなかったらどうなっていたことか。




、もう店じまいするから、帰ってもいいよ」


「あ、そうですか?」



店主はおだやかな人で、何より優しい。

給料までくれるので、は小さい貸家で1人暮らしまでできていた。



「ときに、は今年で16だろう? 浮いた話の1つぐらい聞かせておくれよ」


「嫌だなぁ旦那さん。 昨日も一昨日も聞かされましたよ、それ」


「おや、そうかね?」



は笑って店を後にする。

…店主はの幸せを願ってあんな風に言うのだろうが、なにぶんの周りには似たような歳の男がいない。

働いて、家で過ごす、という生活を送っているに男がいるほうがおかしい。

店には女性か、恋人同士というのが常だし。


で、今の生活に満足していた。

旦那さんには少し悪いが、この生活を続けてよう…とさえ思っている。



―――そう改めて考えていたのに、突然変わるのだから、世の中わからない。


















の家は1つ降りた第四階層にある。

家といってもアパートのようなものだが、1人で暮らすには十分だ。


比較的静かで落ちついた地区だったので、不釣合なその人物を見た瞬間、は固まってしまった。




サムライ、だった。




2本の刀をさげて、悄然と立っている。


赤い服を着ているので正確なところはわからないが、血まみれだった。





一体何をしたのか。


何故血があるのか。





考える前に、身体と口が動いた。


「大丈夫ですかっ!?」


はサムライにかけ寄った。


――このサムライが人斬り、という可能性もあったのだが、はそんなことはちっとも考えつかなかった。


超がつくお人好しだったので。


「怪我したんですか!? 乱闘!?

ここ、そんなに治安悪くないはずなのに…痛いですか!? 私の家、すぐそこなんで手当てを…!」


そう言いつつ顔を上げると、サムライと視線が合った。


赤褐色の瞳。


それは感情を全く映さないでいるようで―――しかし何か戸惑っているようだった。





















他人と関わるのは面倒臭い。


「仕事」の間に誰かに見咎められたら、睨むか刀を向けて脅すかするつもりだった。

それに罪悪を感じることはない。


けれど、今目の前にいる娘はこちらの睨みにも殺気にも全く気付かずにかけ寄ってきた。



――阿呆か。



自分に向けられる負の感情に気付かないなど、鈍すぎる。


今度は行動で制そうと彼は刀を向けかけて…やめた。



やめてしまった。


何だ、コイツは―――



「早く! 誰かに見られたら大さわぎですよ!」


お前が十分さわいでいるだろうと思ったが、口には出さなかった。


が彼の腕をぐいぐい引っ張る。


彼はどうしてか、足を動かして彼女について行ってしまった。




















はサムライを家に引っぱりこんで、とにかく救急箱を探した。


が。


「あれ? どこしまったっけ??」


怪我など滅多にしないものだから、どこに追いやられたのか、全く見当たらない。


とにかく止血だと、は清潔なタオルを何枚か出してサムライの元へ戻った。


「とりあえずこれ! 待ってて下さい、すぐ薬とか見つけますので…!」


「 待て 」


初めてサムライが喋った。

静かなのに、よく通る声だと思った。


「薬は必要ない」


「えっ、でも!」


「俺の血ではない」


はたっぷり10秒固まる。


彼の血じゃない。

―――返り血。


「すみませんっ! 私、早とちりして…お風呂ですねっ!!」


今度こそ呆然とした顔をしたサムライに気付かず、湯船に湯を入れるため走った。



―――そういう問題ではない。


―――走る必要はない。




ツッコミどころがありすぎた。























「すみません すみません ほんとすみません」


は平謝りをくり返していた。


サムライはを見ていない。


視線の先には、彼の赤い衣服。


強引に風呂場に入れられ、仕方なしに血を落として出てきたら上着が洗濯されていた。


彼にしてはめずらしく眉をしかめたので、は機嫌をそこねたと思い、必死に謝っているのだった。


実際のところ、彼はに怒っているわけではなく、女(しかも少女とも言えそうな娘)のペースに乗せられている己に苛立っているのだが。


「ほんとにすみません すみませ」


「もういい」


五月蝿くなってきたのでそう言ったら、はぱっと表情を明るくした。


「あ、あのっ! 乾くまでどうぞゆっくり…あ、お茶を…」


パタパタと茶の用意をするは、サムライの視線に気が付かなかった。


戻ってきたとき、彼は上着を見ていた。

少しでも乾いたら即出ていくつもりなのだろう。


はサムライをまじまじと見た。



金 色 の 髪 、 白 い 肌 、 赤 い 瞳。



異国の出身だろうか。

それにしては「サムライ」である。

親とかが…。



「あ、あの! 私、と言います! あなたは?」


「………」


彼は答えない。


が、もめげない。


「でも、ほんとうに驚きました。 この辺、おサムライも滅多にいないんですよ。 とても静かで。

だから旦那さんも…あ旦那さんというのは私が働いている小物屋の店長さんで」


「………」


「旦那さんがこの家見つけてくれて、1人暮らししているんです。 …でも、良かった」


は綺麗に笑った。


「おサムライさんに、怪我なくて」


本心からの言葉だったのだが、サムライはを妙なものを見るような顔で見ただけだった。


何か変なことを言ったかしら?


心の中で首をかしげていると、突然サムライが立ち上がった。

上着を手に取る。


「あれ? もう乾きました?」


「世話になった」


それだけ言って彼は玄関に向かう。

は慌ててその後を追って。



「あのっ! 今度はちゃんと救急箱見つけときますので、何かあったらどうぞ!」


何か言わなければいけない気がして、そう口にした。


彼はを振り返って、しばらく見る。

そして。




―――キュウゾウ」


「え?」


「俺の、名だ」


そのままサムライ―――キュウゾウは、出て行った。


「…キュウゾウ、さんかぁ…」


しばらくぽかんとしていただったが、そう呟いて、微笑った。




無口な人だけど、名前を教えてくれた。

いい人だ、きっと。













はまだ知らない。



キュウゾウが、どんな存在になるか。


彼にとって自分が、どんな存在になるかを。




けれどそれは、もっと先の話。






























―――遅かったな、キュウゾウ」


日が沈みきってようやく戻ってきた朋友に、ヒョーゴは声をかけた。



「それほど手強い相手相手だったのか」


「違う」


「では何故遅かったんだ?」


「…風呂に入って、洗濯された」




「 は? 」

































宝瓶宮〜Aquarius〜 明葉様 からの頂き物です!
またまた私何にもしてませんのに素敵なキュウゾウ夢を頂いてしまいました…ごめんなさい。
でも面白くて素敵な話をどうもありがとうv
実はこのお話続きます。 もう原稿は頂いているんですが…私の不手際です;
この先どうなっていくのか楽しみです。 いやしかしこのヒロインちゃんはかわいいですね(笑)
本当にありがとうございました!!