落花流水 2
無頼漢どもの始末。
それが今日のキュウゾウの仕事だった。
本来ならかむろ衆の仕事であったのだが、人数が多いのと人手が足りないのとでキュウゾウに命が下った。
斬って、戻って来るだけだったはずだ。
「何故風呂?」
ヒョーゴの疑問はキュウゾウ自身のものでもあった。
『 大丈夫ですかっ!? 』
そう言ってかけ寄ってきた娘―――。
他人には無関心なキュウゾウでも、彼女は奇異なものに見えた。
血まみれのサムライに臆せず近づいて、自分の血ではないと言えば「お風呂ですね!」と叫ぶ。
誰の血だとか。
何をしていたとか。
―――殺されないかとか。
そういうことを、あの娘は考えなかったのか。
実際キュウゾウは、に殺気を向けた。
なのには、意に介さなかった。
何人も殺したのに、
『 おサムライさんに、怪我なくて 』
良かったと、言ったのだ。
そう言って、笑った―――。
「――――ゾウ。 キュウゾウ?」
ヒョーゴがひらひらと目の前で手を振っていた。
…この男は時折人を子供扱いする。
「…寝る」
そう呟き、キュウゾウは歩き出した。
背に声がかかる。
「たまには布団で寝ろ。 カビるぞ」
…冗談か、真面目なのか。
「血まみれのサムライを拾って風呂に入れたぁ!?」
翌日。
店主に昨日のことを話したら、叫ばれた。
は目を白黒させながら、うなずく。
「は、はい。 …どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも! 危険な…!」
「危険? え?」
本気でわかっていないを前に、店主はがっくりと肩を落とした。
を拾ったのは、彼女が6歳の時。
思えば、当時からこんな性格だった気がする。
人を疑うことを知らなくて、恐怖心というものがなくて、いつも笑顔で。
怖いくらいに、優しい。
三つ子の魂百までとはよく言ったものである。
「…少しは慎重にならないと、長生きできないよ」
「大丈夫です! 健康には気をつけてますから!」
いやそうじゃなくて。
…店主はこの話題をやめた。
無意味であることが十分わかったからである。
「…気をつけなさい」
「 はい! 」
何に対しての答えなのか、店主にはわからなかった。
そしては、ずっとキュウゾウのことを考えていたりする。
何処に住んでいるのだろう。
引き止めてしまったが、心配されたり怒られたりしていないだろうか。
…また、来てくれるだろうか。
「…無理かな」
真面目そうだから、本当に「何か」がないと来ない気がする。
はため息をついた。
「…、まさかとは思うが恋したんじゃないだろうね?」
「…ええっ!?」
目を剥いて店主を見た。
「恋わずらいみたいだよ」
「違いますよ! 恋じゃなくて多分…」
「多分?」
「 憧れです 」
何にかはわからないけれど。
はそう思った。
帰り道、雨が降った。
店主に傘を借りて、家路に着く。
「…何食べようかな」
材料は家にけっこうある。
知り合いのおかみさんに教えてもらった料理にでも挑戦してみようか。
そんなことを考えながらは歩いていたが、自分の家の前に赤い色を見つけて立ち止まった。
「――――――キュウゾウさん!?」
間違えようのない姿が、そこにあった。
は転ばないように走った。
「ど、どうしたんですか? 何か…」
驚き半分、嬉しさ1/4、とまどい1/4の気持ちのまま、はたずねた。
「…雨に、降られた」
キュウゾウは間をあけて答えた。
なるほど、彼はずぶ濡れである。
「じ、じゃあ傘をお貸ししましょうか?」
「…これだけ濡れたら無意味だ」
正論を言われ、は唸る。
だからと言ってこのまま家の前で雨宿りさせるというのも…。
「そうだっ! お風呂! お風呂わかします!!」
キュウゾウはその言葉に一瞬目を見開き―――笑った。
はぽかんとしてその笑みを見ていたが、すぐはっとして家に入る。
「待ってて下さいね! すぐわかしますから…!」
彼女の後について玄関に入ったキュウゾウは、まだ笑みを浮かべていた。
―結局、そこに行くか。
見ず知らずの人間のために。
しかも1度目は血まみれのサムライを。
おかしな娘だ―――心底そう思った。
そして、ここまで来た自分も、おかしい。
残党がいると聞いて出てきたのだが雨が降ってきて。
気付いたら、ここに足を運んでいた。
に影響を受けてしまったのだろうか。
情けない―――そう思うのだが、何故か同時に心地良かった。
軽やかな足音が聞こえて来る。
キュウゾウは表情を元に戻した。
「どうぞ入って下さい。 あ、服は乾かしましょう!」
この感情に、名をつける必要があるだろうか。
多分憧れ。 好奇心。
名をつけた瞬間、わからなくなった。