あの雨の日以来、彼は頻繁に来るようになりました。



    猫が別宅を作ったみたい。






    そう言ったら、「猫など何処にいる?」と聞かれました。













    落花流水 3



















    何をする訳でもない。


    の家に来て、の話―店のことや、街での出来事‐‐をただ聞いているだけだ。


    が家事をしている時などは、黙って空をながめている。


    もっとも、が目を違う場所に向けている時、キュウゾウは彼女を見ていたりするのだが。


    キュウゾウが現れてから、は楽しくて仕方なかった。


    無口で、いつも眠そうで、時折刀に血をつけてくるが、おおむねには優しかった。

    何しろ他愛もない彼女の話を、黙って聞いてくれるのだから。


    店長と奥さんと、客としか喋っていないにとって、新鮮だったのだ。


    (やっぱり友達作るべきかなぁ…)


    毎日仕事があるので遊ぶヒマなどないから、あえて作らなかったが。



    「キュウゾウさん、今日夕食食べていきます?」


    キュウゾウは無言。

    ただ少しあごを引いた。

    肯定と取って、は2人分作る準備をする。


    …通い婚、のような気がするのだが、本人達は全くそのようなことは思っていなかった。


    いざ包丁を取っただったが、玄関の戸が叩かれる音にさえぎられた。


    「…?誰だろ?」


    不思議に思いながらもは玄関に向かう。


    「どなたですかー?」


    そう言いながら(不用心にも)戸を開けた。


    居たのは―――サムライだった。


    ぽかんとしてはそのサムライを見上げた。


    (最近おサムライと縁があるなぁ)


    そんな呑気なことを考えていると、サムライが口を開いた。



    「ここに金髪無口何を考えているかわからない万年寝不足疑惑ありのサムライが来てないか」


    「―――え?」



    金髪無口何を考えているかわからない万年寝不足疑惑ありのサムライ?


    ものすごい言われようだが、それに該当する人間は…確かにいる。



    「…えっと…キュウゾウさん?」


    「それだ」


    「あ、はい。いますよ?呼びましょうか?」


    「頼む」


    「わかりました。キュウゾウさ…あ」


    が呼ぶ前にキュウゾウがこちらにやって来た。


    「あの、お知り合いさんが…」


    「こんなところで何をやっているんだキュウゾウー!!」


    いらしたようです、というの言葉はサムライの怒鳴り声によってかき消された。


    「……ヒョーゴ」


    「最近よくいなくなると思えば…カムロ衆から女の家に出入りしていると報告された俺の身にもなってみろ!」


    「…あれはお前の差し金か」

    「…気付いて放置していたんだな?」

    「斬ってよかったのか」

    「いいわけないだろ」


    「あ、あの…?」


    話しについていけないは2人の顔を交互に見てオロオロしていた。



    ―どうしよう?


    なんかとっても険悪になりそうなんですけど。


    この雰囲気をなんとかしなくては。

    必死に考えた結果――――、



    「あ、あのっ!ヒョーゴ…さん!?」

    「ん?」

    「夕食はもう済まされれましたか!?」



    思いつかなかったので、先ほどまでの流れに戻そうとした。


    にとっては普通の流れだが、ヒョーゴにとっては突飛なことこの上なかった。



    「・・・は?」

    「良かったら食べて行って下さい!これから作るんで…あの、どうぞ上がって下さい!」

    「おい、ちょっと待…」


    「あ、洗面所ですか?お手洗いですか?」

    「話しを聞け、とあえず」












    「―――なるほどな。風呂とか洗濯とか、あれはこのことか」

    「ああ」


    結局のペースに呑まれたヒョーゴは、キュウゾウの隣に座って料理を待つ身である。


    「面白い娘だな」

    「………」


    キュウゾウからの返事はない。

    ただ彼は、を見ていた。


    その様子に気付いたヒョーゴは、眉を上げる。


    「…ずいぶん気に入ったようだな、キュウゾウ」


    ヒョーゴの言葉に怪訝な顔を向けた。


    無論、親しい者が何とかわかるほどの顔だが。




    「好いて、いるのか?」


    キュウゾウにわかるように、単刀直入に言った。


    「…俺は、サムライだ」


    帰ってきたのは、らしいと言えばらしい科白。




    けれどそれは答えではない。


    サムライは、関係ない。



    しかしそれを説明してもキュウゾウにはわかるまい。

    ヒョーゴが紡いだのは別の言葉だった。




    「では何故、ここに来ている?サムライに必要なのか」

    「………」

    「来たいなら、来ればいい。だが、自分のこと位、理解しておけ」



    ああでも、仕事はしっかりやれよ―と釘をさしたところで、が戻ってきた。


    「お待たせしましたー」


    の料理の腕前は良かった。

    出てきた品を見て、ヒョーゴは感心する。


    「うまそうだな」


    「お口に合うか…キュウゾウさんはあまり感想言ってくれないんで…」


    「ああ、こいつは何でも食うからな。まぁこいつに本気で感想求めているわけじゃあないだろう?」


    はあははと笑った。

    まあ確かにそうだが、やはり気になるところだったのである。


    やけにヒョーゴとが仲良く喋っているのを、キュウゾウはいつもと変わらぬ表情で見ていた。


    眠そうな、どこか遠くを見ているような―――。



    「…あれ?キュウゾウさん?食べないんですか?おなかいっぱい?」


    「…いや」



    の問いかけで、ようやくキュウゾウははしを取った。








    ゆれ動く、何か。


    混乱する、思考。


    消そうとしても消えない灯火。



    これは、何だ?



    ――――ココロ?